伊賀乱殺録

彼らは津城のとある一室でひたすらに当惑していた。藤堂藩の大目付であり目付けである彼らは、このたびの一件の解明を命じられていたが、事件そのものは単純極まりないものだった。高次の次男である佐渡守高通は狂を発して伊賀上野の城中の一室に軟禁され、時折、筋の通ったことを口にするものの、ほとんど一日中薄ら笑いを浮かべ訳の分らぬことを喚き散らしており、その口からも事件の概要は把握できた。もちろんそれは高堅が伊方直常を仲間に取り込んでお家乗っ取りを図ったからそれを阻止したと言う途方もない話だから、とても信じられるものではなく証人となる直常の妻子も処刑してしまっていたから証拠もなく、乱風斎などという無測人は姿かたちもなく、ただし高通が狂を発して高堅や直常、直常の妻子を死に追いやったとすれば全てつじつまが合う。さらに伊方喜三郎直常と弟の高堅の死体もすぐに見つかり、大殿への報告もすぐにできると思われた。しかし高通たちが嗜虐的に苛んだ直常の妻子、葉、澄、月、美津の死体さえなく、どんな最後を迎えたかが分らないのだ。いや様々な報告があるのだがそれが互いに矛盾し、本当とは思えぬものもあり、現実的なものも裏付けるものもない。とにかく最後の様を伝える申し出はやたらとあるが、こう数多ければ本当に処刑されたのかすら確実とは言えない有様だ。十を超える申し出を書き連ねた文書を前に、彼らはひたすら当惑していた。
手の者の耳にせし伊賀上野の町人の話 巡り巡った南蛮の海賊船の中で交わされた話
土佐守高通の話 さすがに無茶なある料理人の話
とある無足人の話 比自山に住まいする老婆の話
志摩国阿児郡の漁師の話 とある山里の祭の直会での話
志摩国阿児郡の漁師の話 再び土佐守高通の話
東遊草(京在住の医師の手記)より抜粋 江戸の蘭学者松土西薗試の話
長崎にて唐人の話をきいたると言う男の話 刑場の警護に当りし武士の話
直常に仕えし女の話
直常の使用人の少年の話